亡くなったテナー・サックス奏者のジョニー・グリフィンの参加したライブ
盤の『ミステリオーソ』、モンクの音楽世界をピアノ・トリオで堪能できる
『セロニアス・モンク・トリオ』でした。
今回紹介するのは、1957年にモンクがリバーサイド・レーベルで録
音したソロ・ピアノ作品集(1曲のみカルテット)の『セロニアス・ヒムセ
ルフ』。
セロニアス・ヒムセルフ+1

曲目
1. パリの四月
2. ゴースト・オブ・ア・チャンス
3. ファンクショナル
4. センチになって
5. アイ・シュッド・ケア
6. ラウンド・ミッドナイト
7. オール・アローン
8. モンクス・ムード
9. ラウンド・ミッドナイト(イン・プログレス)(ボーナス・トラック)
セロニアス・モンクのピアニストとしての独特の感性が味わえる名作
なのですが、このセロニアス・モンクというひと。その作曲センスはとも
かく、ピアニストとしての評価は未だに安定しないようで、特にクラッシ
ック・ピアノの愛好家の中には、彼のピアノを毛嫌いするひともいるよう
ですね。
実はいうと、私の妻もクラッシック・ピアノの愛好家のひとりなのです
が、私がこのアルバムをかける度に「よくわかんないわね〜」とでも言
いた気な、完全に困惑した表情を見せています(笑)
特にモンクのソロ・ピアノ作品となると、タイム・キーパーであるドラム
とベースがいないのですから、モンクにとって完全な”自由”が獲得さ
れるわけで、彼特有のあのタイム感、まるで時間が60進法で流れて
いないかのような、あの”間合い”が剥き出しになって、聴きようによっ
ては”大人のピアノ教室”でピアノを何十年ぶりに弾いているオジサン
の、あの”たどたどしい"感じに聴こえないこともありません。(実際、私
も、最初の頃はそのようにしか聴こえませんでした!)
また、音楽的な予定調和といった概念で、モンクのソロ・ピアノにじっ
と耳を傾けてみると、見事にそれらは裏切られることになるのです。
たとえば、これは先述したモンク特有のタイム感によるものですが、
普通のピアニストであれば、音符で埋め尽くすであろう空間が、完全
な"沈黙”に置き換わってしまっていたりすることは、まずは当然。
また、ここは綺麗な響きのコードが、そっと鳴るはずというところに、
とんでもない不協和音の連打があったり、そうかと思えば、突然エリ
ントン風のアルペジオの雨を降らしてみたり、やたら音の跳躍の激し
いフレーズを挿入してみたりと、とにかく、聴き手の”こうあるべき”と
いった固定観念は悉く覆されるわけで、その武骨そのもののタッチと
共に、一般的な美的感覚からすれば、モンクのソロ・ピアノが、一聴
すると”美しくない”のはよく理解できます。
ところが、この「美的感覚」を少し変化させて、モンクのソロ・ピアノ
に耳を傾けてみるとどうなるのでしょう?
日本古来の庭園の様式に、「枯山水」という禅宗に由来する様式が
あるのですが、これは限られたスペースに白砂等を敷き詰めた上に、
よく計算された位置に自然石を配置することによって、山や河川、大
海、小宇宙までをも表現しようとするものです。
これも物質的に見れば、ただ石や砂が漠然と並んでいるのに過ぎ
ないのですが、見るひとのイメージひとつで、いかようにも、それこそ
無限大に想念を膨らませることができますし、これは、見えざるもの
から、そのものを見、聴こえざるものから、そのものを聴くという禅の
発想から来ています。
私は、モンクのソロ・ピアノを聴いていると、いつもこの「枯山水」の
庭園をイメージしてしまうのです。パッと見は、いびつな形の石が無
造作に置かれているだけなのですが、これをモンクの弾くあのピアノ
の音に置き換えてみると、聴き手のイメージで、そこに独特の「美」を
見い出すことができるのではないでしょうか。
美しいメロディー・ラインやハーモニー、そして一定のリズムは、そ
れだけで心地良いものですが、聴き手に、ある程度一定のイメージ
しかもたらさない可能性もありますよね。
その点、モンクのソロ・ピアノは、一聴するとインパクトは強烈です
が、聴き手があれこれ考えを巡らせる余白が十分にあるので、それ
こそ、その時の気分や体調によっても全然聴こえ方が違ってくるの
です。
たとえば、モンクには失礼ですが、ある時はとてもヘタクソに聴こえ
ても、ある時は自分の心の奥まで、驚くほどスンナリと染み渡ってき
たりするわけで、そこがモンクのピアノの最大の魅力のように思うの
ですね。
そんなモンクのソロ・ピアノの魅力が理解できると、それまであれ程
不自然に感じていた、あの奇妙な間合いや不協和音が、すべて「必
然的」にさえ思えるのですから不思議なものです。
先日、ビル・エヴァンスのソロ・ピアノのアルバムを紹介しましたが、
エヴァンスは、生前、日本の文化、とりわけ”禅”に関心が高い時期
があったようで、プレーにもその影響が現れているという人もいるの
ですが、残念ながら、私はエヴァンスのプレーに、直接的な禅の影
響を見出すことはできません。
ところが、モンク自身にどれ程東洋の文化に対する知識があった
かは定かではありませんが、私はこの『セロニアス・ヒムセルフ』を
聴くたびに、日本の"禅”の文化に通じるような高い精神性と強烈な
美意識を彼のソロ・ピアノに感じます。
9曲目のボーナス・トラックの「ラウンド・ミッドナイト」は、完成トラッ
クに到るまで、試行錯誤を繰り返す過程が収録されているのですが
、これを聴くと、モンクが決して気まぐれなどではなく、微妙な音の配
置やリズムに細心の注意を払いながらピアノを弾いているのがよくわ
かるようになっています。(作品全体のバランスを考えると不要なトラ
ックだとは思うのですが・・・)
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